雁田流布風流記〈日本電波塔〉
 
 モリア地底養老院の奥深く、恐るべき魔の介護人バルログ子が地ひびきを立てて迫る!
「ここは通さんぞ恥をかかせおって!」
 ガンダルフがあさっての方向に見栄を切りバルログ子の前に立ちはだかる。
 旅の仲間たちはガンダルフを見捨ててクレバスをまたぐ石の橋をわたって待避した。
サムが手早く石の橋に爆薬を仕掛けた。
念の入ったことにサムはガンダルフの長衣にも炸裂弾を仕込み、危急の時はガンダルフを敵中に放って破裂させるつもりであった。
なんともホビット忍びらしい非情の扱いだった。
 轟音とともに石の橋が爆破された。
 奈落へと落下するバルログ子はムチでガンダルフを介護ベッドにしばりつけた!
「朝飯はまだかね恥をかかせおって」
 たちまち痴呆老人と化すガンダルフ。
 モリア地底養老院のドワーフたちはバルログ子の手厚い看護によって、寝たきり老人と化したあげく安楽死したのだた!
 
 半年後…バルログ子は介護疲れで死んだ。
介護する者がいなくなったためガンダルフも餓死した。
大都会の孤独死である。
 星々が頭上をめぐるなか、冷たい山の頂きで闇がガンダルフを包んでいた。
そこに横たわったまま、忘れられ、取り残され、時の中をさまよっていた。
  
 ウルク=ハイ子たちに拉致されたメリーとピピンを探して、アラゴルン、レゴラス、ギムリはファンゴルンの森にいた。
「これ、そこなお若い方、朝飯はまだかね恥をかかせおって」
 レゴラス二千九百三十一歳は聞こえないふりをして立ち去ろうとした。アラゴルンは歩きながら立ち小便を始めた。ギムリは鼻くそをほじりだした。
「儂は誰だ恥をかかせおって」
 三人はいっせいに走り出した。小便が舞った。
 一時間も走り出したところで、ギムリがへたりこんだ。
レゴラスは薄く汗をかいている。
アラゴルンは涼しい顔をしているが緊張の色を隠せない。
三人は狩人に追いつめられる獲物の気持ちが痛いほどわかった。
 小便が止まる。ちん振りするアラゴルン。
「なんてしぶといじじいだ…」
 大地に耳をつけたアラゴルン。
 遠く、馬蹄のとよみが聞こえた。
「速い!なんて速さだ…恥をかかせおって」
 巨大な野生馬にまたがったガンダルフが現れた!!
凄まじい速さで馬が疾走する。
風がうなり、ガンダルフの耳もとで鳴った。
「そうだお前は飛蔭(とびかげ)だ!!恥をかかせおって」
 そう思った瞬間に馬が停まった。
ガンダルフは馬の頭上を飛び、地べたに激突した。
 
 ローハンの首都エドラス。
 ローハンの盾持つ乙女エオウィンは痴呆老人セオデン王の介護に疲れ果てていた。
 セオデン王は誇り高きロヒアリムの戦士であったが、今やボケ老人に過ぎなかった。
 介護士・蛇の舌グリマは、オルサンク老人病院仕込みの治療をほどこした。
「ボケ老人は介護をしなければ苦しんで死ぬ……介護をしてもいずれ死ぬ」
 それゆえ、王の玉体を安んじあそばすためと称して、王をベッドにしばりつけ、精神安定剤と抗パーキンソン剤を大量投与した。
一月を経ずして寝たきり老人と化すセオデン王。
もはや、周囲に関心を持たず、絶望と無気力に沈んでいき、国が危機にひんしていることにすら気づかない。
 エオウィンは介護に手間がかからなくなったと大喜び。蛇の舌グリマを救世主とあがめ、体をゆるしても良いとまで思った。
 
 アラゴルン、レゴラス、ギムリはエドラスに向かった。ガンダルフもついてきた。
 エドラスを守る兵はわずかなものであった。
住人は年寄りと子供ばかり、働き手のほとんどがモルドールに出稼ぎに行っている。
そしてバラド・ドゥアの建設に従事した者は全て口封じに人柱とされていた。
 セオデン王との謁見がゆるされた。
 王は玉座にぐったりと座っている。
「いやじゃいやじゃ恥をかかせおって」「山の上に人がいる恥をかかせおって」「隣の人が薄くなって二階に入ってくるのじゃ恥をかかせおって」「なんと、あんたはガンダルフではないか恥をかかせおって」「とんでもねえあたしゃガンダルフだよ恥をかかせおって」 ガンダルフは長衣を脱ぎ捨てた。
 全裸であった。
 見物していた一同がそろって驚嘆した。
 なんとガンダルフの一物が隆々と立っていた。
 グリマが叫ぶ。
「武器は取り上げておけと言ったろう!」
 セオデン王の顔が変わっている。そこには最早ボケ老人はいない。
したたかで隙のない、一箇の『いくさ人』がいた。
「蛇の舌グリマめの奸計にうまうまとはまる所であった……彼奴め手討ちにしてくれるわ」
 グリマはエオウィンを小部屋へといざない、逐電する行きがけの駄賃に強姦せんとした。「さッさあエオウィン殿!ひっひとつになろう!さあ!さぁさぁさぁ」
 エオウィンをワラ束の上に押し倒す。
「やめでけれ!おらアラゴルンさまど契るんだがらァ」(ローハンなまり)
 女の心変わりは恐ろしい。
 エオウィンは王家の世継ぎであるアラゴルンと出会い、心を奪われていたのだた。
 逆上したグリマが下半身裸になって襲いかかる!!
 むきだしになった尻に剣が刺さった。
「あいたわ〜〜」
 アラゴルンが剣をはねあげた。
グリマは放物線を描いて跳んだ。
 
 モルドールの力はかつてないほど広がり、東夷やオークやウルク=ハイ子たちは、途中で行き会ったすべての生き物を介護しながら、西から侵略していた。
中つ国の人々が、全て安楽死するのは時間の問題であった。
 セオデン王は、ウルク=ハイ子の軍団を迎え撃つべくエドラスの住人を引き連れ、難攻不落のヘルム峡谷の深奥、角笛城に籠城する。
「いざや立て!立ち上がれセオデンの騎士らよ!凶事は起こりて東の方暗ければ、馬に鞍を置け、角笛を吹き鳴らせ!進め、エオルの家の子らよ!」
 セオデン王が真夜中にベッドの上で絶叫。
 まだらボケである。
「残念だがこれまでのようだ、せめてものことに我が首を敵に渡すことなかれ」
 ちょっと正気になると腹を切ろうとする。
 
 ガンダルフは旅の仲間を集めた。
 城壁から見下ろすヘルム峡谷は、ウルク=ハイ子五万の軍勢に埋め尽くされている。
「こっちの方に……」
 ガンダルフは馬上に伸び上がるようにして、杖でモルドールの方角を指した。
「サウロンがいる。今からその首をもらいに行く恥をかかせおって」
 言い捨てると飛蔭の馬腹をけって雲霞(うんか)のようなウルク=ハイ子に向かって疾走をはじめた。
『ゴクリ』とフロドがそれぞれの馬で、メリーとピピンは『木の髭(ヒゲ)』に乗って、その後を追う。
『ゴクリ』とフロドは炸裂弾を握り、木の髭は長い手足(?)をこん棒のように振り回している。
誰一人死ぬことなど考えていない。
殺すことしか脳裏になかった。
まわりはすべてウルク=ハイ子である。
間違っても味方を殺す心配はない。
アラゴルン、レゴラス、ギムリも奮い立った。
たちまち馬を駆って、ガンダルフの左右に馬首を並べる。
 驚くべきことに、この八人の壮烈果敢な突撃はウルク=ハイ子の軍勢を散々に突き破り、四分五裂させてしまったのである。
 この八人の前に立ちはだかった者は、ことごとく死んだ。
槍先にかかり、炸裂弾にかかり、長巻に首を飛ばされて死んだ。
それはまるで死の壁に似ていた。
ぶつかれば即ち死ぬ。
 落城寸前の角笛城を攻めていたウルク=ハイ子の軍勢がわれがちに逃げ出した。
 不思議なことに、この突撃に参加した八人はガンダルフ以下一人も死んでいない。
「死ねばいいのに……」
 ガンダルフをにらんで全員がそう思った。
〈翁の帰還〉に(つづく)
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